2010年09月22日

100番目の僕



懐かしさってのは 通りすぎてから感じることだ
まだここに存在するのに この喪失感にも似た感傷は
つまり 哀しみなのかもしれない
少し安らいでいたあの頃は もうとうに過ぎ去り
なごりを示す場所も存在も そこにあるけど

存在の確実さは 失くしていないということとはイコールにならない
そうだよね?
離れ離れになった ココロの隙間を
僕は感じる 本当は見て見ぬふり…いやそれさえも気付かない
そんな僕であったなら
もっと楽に 生きれたことだろう

今はすべて 季節の雨と風に流し
君の感情を感じ取る ずっと前の状態にリセットする
そんな作業を しているよ
時間は二度と戻らないし これ以上の喪失には耐えられないから

もしかしたら 一番 苦しくて
一番愚かなやり方なのかもしれないけれど
君のココロからすでに 葬り去られて 僕はどこにもいないし
そんなことはわかってるけど

だけど 醜いあがきを晒さないように ただ
取り繕って ここにいたいから

壊れることも すでに失くしたことも
わかってるよ
だから 懐かしさとか なごりおしさとか
そういう言葉で ごまかして
ここにいたい気持ちに 言いわけしてる
ただ それだけなんだ

一番のモノ 二度と見つかりそうもないけど
僕は 君にとって100番でも
それでいいって 思う

それでいいよ…それで

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posted by pulsation at 00:00| Comment(0) | 2000〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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